あれから、8年が経ちました。 その1 - 2014.07.16 Wednesday -

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    あれから、もう8年が経ちました。


    昨日 7月15日は父の命日でした。




    8年前の蒸し暑い夏の朝・・・


    父は72歳で永眠しました。




    あの日から、いえ・・・たぶん・・・


    その一年前年 2005年の秋 父が末期癌とわかった時から

    私自身は・・・ 私の人生は・・・ 大きく動き、変わり始めました。



    きっと、これが私の人生のターニングポイントだったんです。



    このとき私は40歳でした。私は40歳の時に父の死を体験する

    事により、いわゆる精神世界(スピリチュアル)に目覚めました。



    このとき それまでずっと避けていた・・・


    精神世界(スピリチュアル)の扉を開けたのです。



    これが私の後半人生の始まりでした。



     






    私が 亡き父に導かれるようにして精神世界(スピリチュアル)の

    扉を開けて それ以来 考え方や言動がガラッと変化した ことは


    これまでこのブログで何度も書いてきたので、ご存知の方もおられる


    でしょうけれど・・・・・




    今一度、自分の備忘録として、自分を客観視するツールとして、


    父の8回目の命日を迎えたので 書き記しておこうと思います。





    四葉のクローバー




    私が苦手に感じてたブログをスタートできたのは父がきっかけでした。


    ブログデビューは、このブログ ”ほったいむ” です。


    現在9年目に入ってます。





    もちろん、父のことがなくてもブログは始めてたかもしれないのですが・・・

    少なくとも 2006年6月14日 このブログ”ほったいむ”をはじめたとき


     できるだけ父のことをブログに書き残そう! 


    と思っていました。




    ブログは以前から、同業のエステティシャン友達に勧められていました。


    「ブログしたら、きっとお店(ナチュール)の宣伝にもなるしいいよぉ〜」



    でもその頃の私には、ブログを始めることができませんでした。


    ちょうど父が入院して、末期癌だと分った頃だったからです。





    その頃の私は、父の末期癌を受け入れることが難しくて・・・

    新たにブログを始める精神的余裕がまったくない状況でした。






    妹と交代で毎日父の入院している病院に行き、仕事のご予約や家事以外の時間は 

    父の病気”肝門部胆管癌” についての情報をネットや書籍等で調べて調べて・・・

    そして絶望して 毎日夜は泣いていた そんな頃でした。





    この 父が末期癌だと分かる4ヶ月前 2005年6月 のある日の朝

    父より私に電話がありました。


    「朝子、おまえ〜今日休みやろ?悪いけど病院にきてくれへんけ?」



    どうやら、父はこの日の朝いつものように畑に行くと急に胸が苦しくなり

    しばらくすると治まったみたいでしたが、この胸の苦しさは何かおかしい? 

    と父は直感で感じて、念の為に病院で診てもらうことにしたみたいでした。

    (父は過去に心臓のバイパス手術もしていて、そして狭心症でした。)



    本当は、母に付き添ってもらおうと思ったみたいでしたが・・・

    あいにくその日は母は仕事で、そして私が定休日(月曜日)なのを思い出し

    私に連絡してきたみたいでした。父は、自分で病院まで車を運転して行ける

    が、胸の苦しさ から少し不安があり家族に付き添いを頼んだんでしょうね。









    その病院の待合室で父と会ったとき、確かに顔色は少し悪いけれど

    思ってたより元気そうな父の顔をみて”ほっ”としたのを覚えています。



    1時間ほど待たされてやっと診察、そしてまた1時間ほどいろいろと父は

    検査を受けてる間、私は心配はしていたけれど、心のどこかで もし父が

    入院になったとしても また1ヶ月以内で済むだろうって思っていました。


    そう・・・、父は それまで私が中学生の頃から5回程入院してて、

    その全部の入院が1ヶ月以内に退院してたので、どこかで 今回も

    入院することになっても また同じようにって思ってた気がします。




    その病院で二時間ほど待たされて やっと 診察・検査の結果を担当医の

    口から聞いたのは 特にこれっといって悪くはない と。。。




    父と私は、拍子抜けして・・・
     


    「じゃあ、どうしてあれほど胸が苦しくなったんですか???」





    担当医は、


    「確かに少し胆嚢が腫れていますねぇ〜

    でも今の腫れなら手術するほどでもない

    ですけど、手術しますか?」





    医師に こう言われて、


    「いえ!念のため早めに手術しておきます」ってなかなかいいませんよね。

    誰だって進んで 身体にメスを入れ 体の負担になる手術は避けたいです。




    父と私は、顔を見合わせて・・・じゃぁ〜

    今回、胸が苦しくなった”胆嚢の手術はしない”で様子をみることにして

    それより一年ほど前から父が歩きにくいと気になってた 脱腸? のこと

    を相談すると、その外科医は。。。


    「あぁ〜鼠蹊部ヘルニアですね、じゃあ〜、今回折角病院に来てもらった

    ので これの手術をしておきますか?」









    結局、父は 胸が苦しくて 病院に行ったのですが・・・その原因となった 

    胆嚢の腫れは現段階では問題がないようなので そのまま様子をみる

    ことになり、以前より気になっていた脱腸・・・もとい、鼠蹊部ヘルニニアの

    手術をすることになりました。これは比較的簡単で1週間程の入院でした。




    そして父は退院後、また今まで通りの日常生活を普通に送っていたので

    私たち家族はすっかり安心して ”あの胸の苦しかったのは何???”と

    いう疑問が いつしかどこかにいってしまってました。



    あと・・・そのときの父や私たち家族は、医師が言うのなら確かだろう!

    という先入観でした。先生に診てもらったのだから、多少胆嚢が腫れて

    ても、きっと大丈夫なんだろう!
    と思い込んでしまってたのです。




    この病院の医師の診察だけでは、もしかしたら見落としがあるかもしれない!

    他の病院でも診てもらおう!という発想は全くなかったです。それほどこの時

    父や私達家族は ”父の体、そして病気や病院、医師に対して無知” でした。






    ただ・・・・・

    お盆に実家に帰った時に、「最近すごく疲れやすい。今年の夏の暑さはしんどい」

    とあまり暑さに弱いほうではない父が言ってたのが少し気になってはいたのですが

    きっと父も70代になりさすがに今までより体力が落ちてきて、夏バテでもしてる

    のかな?くらいに・・・ このときは父も家族も思っていました。




    9月、父は自分が役員をしている老人会の旅行に行きました。

    母は 最近疲れてる様子だった父に旅行はやめておいたほうがいいと

    何度か忠告したらしいのですが、元来父は律儀というか責任感が強い

    というか・・・自分が役員をしてるのに行かないわけにはいかない と

    少し体調不良だったのに無理をしてその旅行に参加したみたいでした。





    母の不安は的中しました・・・


    その旅行中、父の体は限界が来ました!


    遂に、白い便が出たんです!!!





    そして、顔だけでなく体全身に黄疸がでました。




    遂に、父に警告 レッドカードがでたんです!!!









    全身に黄疸が出てフラフラの状態で旅行から帰ると、父はすぐに・・・

    3か月前、6月に鼠蹊部ヘルニアの手術をしてくれた医師に診てもらう と

    ちょうどその日仕事が休みだった近所に住んでいる弟に連絡しました。父は

    さすがに今回は自力でなく、弟に病院に連れて行ってもらうことにしました。



    弟は、父に確かめたようです。



    「お父さん、ほんとうにその病院でいいんか?もしあれやったら、俺 

    今 大学病院の先生、仕事で知ってるから そっち紹介してもらえるで

     もっと大きい病院でちゃんと診てもらったほうがいいんちゃうか?」




    でも父は、その小さな町の総合病院の あの担当医でいい

    と言ったらしいです。





    「お姉ちゃん、俺な・・・、親父に病院に行く前にちゃんと確かめてんで!

    ほんまにあの病院で、あの先生でええんか?って。でも親 父ええって・・・」



     弟はのちに 父が末期癌で余命半年と分かったとき ふっと

    独り言のように 呟くように言ったのが 印象的でした。





    その日父は 弟に連れられて希望した病院に行き 希望する担当医を

    伝えた 看護師さんは 父を見てすぐに 驚かれたみたいです!!!


    そりゃそうですよねぇ〜 全身に黄疸が出てる状態でしたから


    父は 即、その場で入院でした。




    その時、父が入院の用意で一度家に帰りたいと言ったそうですが・・・

    それはご家族にお願いして、すぐ部屋を用意しますから〜と。





    それでも、こんな状況でしたが 父も私たち家族も そのときは・・・

    この全身に出てる黄疸を治療をすれば大丈夫!治る!って思っていました。





    まさか癌とは・・・夢にも思ってませんでした。




    誰でもそうでしょうけれど・・・


    まさか自分が 自分の家族が って思うんですよね。





    旅行から帰った翌日9月19日父は即入院して、すぐに黄疸の処置

    がされました。



    なかなか担当医は、黄疸は何が原因でとか、病名とかを

    伝えてくれなかったのですが・・・毎日検査検査で・・・




    そんなある日病室に行くと、父がコレに家族のサインが必要らしい

    からサイン頼むわ〜 と一枚の紙(同意書)を私に渡しました。



    そこには、確か・・・ もう私も遠い記憶になりつつあるのですが

    担当医=主治医 の字で2つほど病名?が書いてあり一番下に・・・





    腫瘍・・・癌の疑い!?



    とあったのです。




    「えっ!? お父さん・・・これ、って書いてあるやん???」


    「おぅ〜、それなぁ〜 まっ、先生はいろんな可能性もあるっていうことで

    書いたんやろ〜 先生は慣れてるから簡単に”癌”って書くんやろけど・・・

    こっちは慣れてへんから”癌”って字はちょっとびっくりするねぇ〜(笑)」


    「あっ・・・ そっかぁ〜 ほんま、びっくりしたわ〜(苦笑)」



    と、まぁ〜父も私たち家族もこの時はほんとのんきに構えていました。



    まさか ほんまに 癌やったら こんな軽率な感じで書かない

    やろう〜 なんてその時の無知な私は思ってたのです。





    それから数日後、父と私たち家族は主治医に説明があるから

    と呼ばれました。





    レントゲン写真やらなにやらをみせて一通りの説明してから・・・



    「今のところ検査ではその証拠が何も出ていませんが

    ほぼ十中八九 癌です!」




    とその医師は淡々と私たちの目を見ずにハッキリ言いました。




    ・・・・・不意打ちでした。





    「いくら検査しても癌という証拠が出ない場合ということはあります。

    6月に胆嚢が腫れていたのは、胆管に腫瘍があったからです・・・

    胆嚢というのは胆汁をためるところで、胆管とは8cmほどの・・・

    おそらく胆管癌ですが、肝臓の入り口近くのここの部分ですので

    肝門部胆管癌です・・・なんたらかんたら・・・」




    その医師は相変わらず私たちとはあまり目をあわせようとせずに

    どんどんと説明を続けていましたが。。。




    父も私たち家族も説明を聞こうとするけれど頭がうまく働かず、ほんと



    文字通り頭の中は ガ〜〜〜ン でした。。。





    ”癌と宣告を受けてガ〜〜〜ン・・・・・”



    こんなダジャレみたいな状況に本当になるもんなんですね。






    確か、そのとき父と母と私と妹で説明を聞いてたと思います。


    私は 父の顔を チラッチラッ とみていました。



    冷静に聞いてる風だけれど、表情をあまり変えないように
      

    しているけれど あきらかに動揺している・・・



    母は主治医の説明がうまく理解できない様子・・・



    妹は私と同様、フリーズ=固まってる感じだろうか・・・





    どうしてこの主治医は、あのとき3ヵ月前の6月に父が胸が苦しいって

    病院に行き 胆嚢が腫れてる と診察したのに・・・ 


    この 胆管癌の可能性 がわからなかったのか???





    私は 説明を聞きながらふっとこのわきあがってきた疑問を


    「先生、あの3ヵ月前の胆嚢が腫れてた時からもしかしたら

    ・・・癌だったんですか?」 
    と聞いてみた。




    「あっ、いや、今から思えば多分そうだったのですが・・・ あの段階の検査

    では、癌とは何もでてなかったです。今でも癌の証拠は何も出ていないです。

    胆管癌というのは、なかなか検査をしても分かりにくいことが多いんです。」





    おかしい・・・



    おかしい・・・



    おかしい・・・

     



    この主治医の説明は・・・


    なんだか おかしい・・・



    私は心の中ではずっと納得がいかなかった。










    それでも 私の心の中で納得がいかなくても


    主治医の説明は どんどん続いていました。





    この日 ほぼ十中八九癌に間違いない 肝門部胆管癌 です 

    主治医から告げられてから、今後の治療方針の説明がありました。



    今のところ、いろいろ検査をしてみたけれど多分転移はなさそうです。

    ステージ気彊漫,覆里納蟒僂鬚垢詈向で考えているが・・・ どうやら 

    手術をするには、現在の父の体にはいろいろなリスクがあるそうでした。



    黄疸の治療のため カテーテル を鼠蹊部から入れたが・・・

    かなりの動脈硬化がおこっていたらしくて ブチッブチッ といってた

     もう次はそこからのカテーテルはかなり厳しい・・・ 


    父の心臓の形が少し普通の人より変形?で・・・


    やはり そのまえに ステント をいれてて・・・


    それには・・・ いろいろ・・・


    あと こういうリスクもあり・・・


    etc  etc  etc





    ほんと 医学的な知識がまったくない 私たちには 主治医の説明は


    ちんぷんかんぷんでした。





    いったい何を言ってるのか分かりにくいのです!!!私や妹はまだ

    なんとかアウトラインはつかめても・・・ 父や母にはさっぱりな様子で

     理解しようとしても 頭がついていけない感じで・・・ 最終的に両親は

    もう全部先生の言うとおりに〜  とほど丸投げ状態になってました。





    えっ!? ちょっとちょっと、あなたたち〜〜〜


    インフォームドコンセント・・・ 大丈夫???


    セカンドオピニオンはせんでいい・・・???






    って、そんなことをちらっと頭をよぎってても 結局私も妹も

    両親と同様、この主治医にまかせることにしたのですけど・・・。





    結論は、手術はかなり難しいということでした!


    でも手術以外に根治治療はないと。。。


    胆管癌は予後が悪いけど手術が成功するとかなり違うと







    で・・・、いったい手術できるの?



    できないの?






    確か・・・主治医は自分の出身の大学病院から応援医師を〜とも

    言ってたのですが、最終的にはその主治医が手術をすることに

    なりました。




    そして、手術日は10月に決まりました。





    このとき 主治医も父も家族も 転移なし ステージ気兇覆

    手術ができる この手術が成功したら 予後が悪いと言われてる

    肝門部胆管癌 でも癌と共存できる!!!


    ・・・・・・はず!



    そう思っていました。




    癌は早ければ不治の病ではない!


    だから父もきっと大丈夫!




    って。






    あの運命の日、入院からちょうど一カ月後の


    2005年10月19日の手術をするまでは・・・






    つづく









     

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