統合失調症8 - 2018.03.25 Sunday -

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    結晶『統合失調症1』は、こちら

     

    結晶『統合失調症2』は、こちら

     

    結晶『統合失調症3』は、こちら

     

    結晶『統合失調症4』は、こちら

     

    結晶『統合失調症5』は、こちら

     

    結晶『統合失調症6』は、こちら

     

    結晶『統合失調症7』は、こちら

     


    つづきです!

     

     

     

     

    kamule ここらへんで少し時系列でまとめてみます!

     

     

    *******************

     

    ■2005年秋 父が末期癌と分かった時から家族の流れ変わる

     

    ※1993年8月弟の医療保護入院からこれまでは父がすべてやっていました!

    この弟の医療保護入院までに下の弟と私と妹は実家を出ていたので・・・実は

    あまりよく分かっていなかったのですが、弟のことや実家の資金繰りやその他

    もろもろは、父がもう仕事を辞めていたのですべてやっていたようです!kamule

     

     

    「全部お父さんに任せとけ!」

     

     

    こんな風に言って、、、

    もう12年以上父がすべてやっていることで保っていた実家でしたので・・・

    その父が末期癌とわかった時から私たち家族は少しづつ変わりだしました電球

     

    あ あ あ あ あ

     

     

    *****

     

    2006年冬 雪の降る京都の教会で父とバージンロードを歩く/朝子結婚

     

    2006年春 弟が10年間通っていた作業所(社会復帰センター)を卒業

     

    ■2006年夏 父永眠(享年72歳)/妹が毎週休日2日間実家に泊りに帰る

     

    2006年秋 私が別居婚⇒同居婚になり、妹の実家フォローがより負担大に

     

    *****

     

    2007年冬 弟が精神的不安から薬のかため飲み⇒病院に5日間入院する

     

    2007年春 父が貸していたお金の件で妹と怪しい事務所に呼びだされる

     

    □2007年夏 奇跡的にお金が帰ってきて1週間後無事父の一周忌を迎える

     

    *****

     

    □2008年夏 父の三回忌/母と弟の生活も落ち着いてきて母の手術思案中

     

    *****

     

    2009年冬 母が虚血性腸炎で入院/妹と弟・ペット3匹・実家フォロー

     

    2009年春 母が人工股関節置換術を決意し、手術する病院選びを始める

     

    2009年夏 母の人工股関節置換術する病院と手術日(翌年春)が決まる

     

    2009年秋 母の手術が決まり次は弟の通える作業所探しで家族動き出す

     

    *****

     

    2010年冬 弟が2006年春以来の作業所に通うも1ヶ月程で閉鎖になる

     

    ◎2010年春 母の左脚・人工股関節置換術⇒病院を転院して3ヶ月弱入院

    弟が閉鎖した作業所から⇒希望していた作業所へ体験⇒何とか通所OK!

     

     

    kamule そしてこれ以降、2010年春から2014年春までの4年間は母も弟も

     

    比較的落ち着いた生活をしてたので私達も安心して自分達の生活リズム♡♡

     

     

    *****

     

    2014年春 術後4年母は手術をしていないほうの右脚の股関節が痛みだす冷や汗

     

    2014年夏 母の右脚の股関節痛はあまり良くならずまだ経過観察中・・・あせ

     

    2014年冬 母の右脚状態悪化⇒来春(2015年3月)に人工股関節置換術決定

     

    *****

     

    2015年春 母の右脚・人工股関節置換術⇒26日間入院後リハビリ生活へ

     

    2015年夏 春より妹と二人で実家フォローを続けてきたがそろそろ限界あせ

     

     

    ■2015年秋 2005年秋/父の末期癌が分かって以来、10年間実家優先生活

    をしてきた妹にも遂に限界がきて少し実家と距離を置くことを決意する!!! 

     

     

    唖然撃沈困惑

     

     

    kamule と、ここまで時系列でおってみましたが、こうして、、、

     

    改めて振り返ってみるとなんとなく自分への落とし込みが出来たりしますね

     

     

     

    四葉のクローバー   四葉のクローバー   四葉のクローバー

     

     

     

    そして、、、

     

    2015年秋 妹が「お姉ちゃん、私もう10年間頑張ったからやめるわ!」

     

    私は「あんた・・・よぉ〜10年間頑張ったわ!もうやめたらええよ」と。

     

     

    困る あ

     

     

    実家のことを思えばそれは心もとないことだと分かっていましたが・・・

     

    もうこれ以上妹が頑張ることに限界が来ていたのは重々承知していたので

     

    その後のことはまた追々微調整しながら考えればいいかなぁ〜と、、、kamule

     

     

    ◎一旦、妹の実家フォローをやめるのではなくペースを弱める事にしました!

     

     

     

    花 花 花 花 花 花 花 花

     

     

     

    kamule【※少しここで備忘録のために・・・】

     

     

    *妹は、父が末期癌と分かる数年前より競馬場の指定席売店の仕事を父に頼まれて

    手伝い(年間5ヵ月間京都競馬開催時の土日のみ)、そしてこれも父に頼まれて

    実家のメインバンクであるJAでも働いていました!(2つともバイトです!)

     

    ※他に夜、友達の飲食店でも働いていたので実は一時仕事3っつ掛け持ちでしたあせ

    それでもお手伝い的な感じで競馬場の指定席売店で働いていたのと、父が永眠後は

    いきなり経営者的な感じでは全然違ったみたいで・・・途中から私も前日買い出し

    準備等を手伝いました!この売店の仕事は父の貸していたお金が奇跡的に返ってき

    たのでその年で辞めて、JAの仕事もその翌年辞めました!元々の夜の仕事1つに)

     

     

    *妹は10年間、仕事がお休みの日(日・月)二泊三日で実家に帰るようにした!

     

    ※これは『足の悪い母』と『統合失調症の弟』の二人暮らしを助けるためにですキラほし

    それまでは、父がいたのでなんとかなっていた実家です!父が永眠後はたちまち

    いろいろな不具合が出てきてしまいましたあせ実家は一応本家で親戚付合いも役も

    父が多くしていて、その後徐々に少なくしていきましたがこの時はまだ・・・、

    あと田舎なので町内でも当番・役があり妹は足が悪い母の代わりに出席です!)

     

     

    *妹は9年8ヵ月間、実家に毎月10万円入れるようにしました!(計1160万円)

     

    ※父永眠後、実は実家には思っていたほど預金がない事と父が貸した3500万円

    の返済見通しがまだ全然つかないこと、実家の収入は母の年金のみで弟に必要な

    お金も要る・・・あせということで、妹が毎月実家に10万円入れるから私達2人で

    支払ってたの家のローン残金はそれ以降私が1人で支払っていくことにしました!

    あと母はどんぶり勘定なので父の代わりに妹が実家の経理を担当することにして

    私は経理出身なので指南役で実家の資金繰りを管理する事にしましたゆう★くまくまゆう★

     

     

    ◎妹は35歳〜44歳までの大切な10年間を実家の為に尽くしたにじキラほし

     

    □私はその妹の援護射撃というか、妹の助けというか二次的な役割を10年間した!

     

     

    多分、、、

     

    一人で妹と共有名義の家のローン残金+固定資産税支払いや実家フォロー等は

     

    私一人だけならここまではできなかったと思います!!!困る

     

    私は妹の頑張りに引っ張られるようにしてやってきた感じですちゅん

     

     

    だって、私は父が希望していた花嫁姿をみせてバージンロードを一緒に歩きたい

    という希望を叶えてあげられたけれど、これは逆に言えば一番上の長女は結婚さ

    せて頂けたということだから、、、一番末っ子の妹は多分少なからず自分の恋愛

    や婚期を犠牲にしてきています暑いだから、私は妹が頑張ればそのフォローをする

    のです!私たち姉妹は性格は真逆でも、あの家に生まれた運命共同体なのです!!!

     

     

    おっとぉ〜・・・

     

    なんだか、かなり脱線してきていますね汗

     

     

    という感じで、2005年秋より2015年秋まで10年間家族最優先で自分のことは

    二の次三の次にして必死で頑張ってきた妹にも遂に限界がやってきたのです!!!

     

     

    モゴモゴ「もう・・・なんか・・・私何のためにやってるのかわからへん!!!

    こんな感じがいつまで続くのかなぁ〜と思ったらほんましんどい・・・」

     

    _| ̄|○  _| ̄|○  _| ̄|○

     

     

    kamule 妹は少し前からこんな感じのことを言い出してきていたので、私はもう・・・

    このペースで続けていくのは無理やなぁ〜と感じていました!「もう毎週休みに実家

    に帰るのをやめたらいいわ!」と言ってたら母の2回目の人工股関節置換術で・・・

    無事退院してからは前回より心もとない状態でそのまま必死でまたまた実家フォロー

    に入っていった私達姉妹でした!!!汗アセアセ汗

     



    花 花 花 花 花 花 花 花

     

     

     

    2015年秋、、、

     

    母も術後半年経つとやっと日常生活が落ち着いてきた感じで・・・

     

    弟も作業所を休みがらも一応行ってて比較的安定してる感じだったので・・・

     

     

    ◎妹はそれまで毎週仕事の休み(日・月)に実家に帰っていたのをやめました!!

     

    と言ってもまったく実家に帰らない訳ではなくて、実家のお金を妹が管理するのは

     

    引き続きやっていくので毎月母に生活費を渡しに行くのと、遠方の病院等は付添う

     

    ので、月2〜3回は実家に帰ります!但し、以前のように泊まりませんけど・・・夜空

     

     

     

    妹がある日、

     

    母と弟にそれを告げると・・・

     

    もちろん二人はとめることはできないけれど微妙な反応だったようですおどろくドゥラおどろくドゥラ

     

     

    あせ あせ あせ

     

     

    そんな二人の様子をみるととても後ろ髪が引かれて・・・罪悪感を持ちつつも、

     

    自分自身が限界に来ていたのでそこは心を鬼にして?実家と距離をとりました!

     

    その後、実家に行っても泊まらないとなれば時間的な拘束やストレスはかなり軽減

     

    された妹は、やっと自分の自由な時間を堪能し始めましたゆう★くまゆう★

     

     

    葉っぱ

     

    母も妹が10年間頑張ってきていたことは分かっているのですが・・・

     

    すっかり頼りにして甘えていたのでその動揺もあったのでしょうねぇ〜

     

     

    弟に「これからは(妹に)頼ってられへん!!もっと自立しなアカン!!!」

    まるであの父永眠後の私たち家族が責めるように言ってたことをまた言い出した

    のです!!! 唖然撃沈困惑アカンやぁ〜んお母さん・・・

     

     

     

    そ・し・て、

     

    妹に彼氏ができましたハート

     

     

     

    ◎余談ですが、、、

    私と違って妹は、昔から可愛いとかべっぴんさんとか言われてきた人です♡♡

    結構モテてもきた人ですが・・・この10年間はそれがウソのような生活をして

    いました!!!色気まったくなし子状態で実家フォローしてました!!!44歳少しトウ

    がたってはいますが・・・あっかんべー我が妹まだまだいけてる?と思ってた姉ですパンダうふふ

     

     

    やはり自分のモードが家族から恋愛になるとすぐに彼氏ができましたハートハート

     

     

    妹には恋愛も結婚も実家のために諦めるとかはしてほしくなかったので

     

    私はすごく嬉しかったですキラほしラブラブてれちゃう

     

     

    久しくしていなかった『恋ばな♡』も姉妹でしたりして。。。

     

     

    りらっくま的なくま「あんたもこれからはもっと自分のこと考えたらええねんでぇ〜♡♡」

     

    笑顔「うん、そうするわ!でも・・・お母さんとお兄ちゃんがなぁ〜・・・」

     

     

     

    ・・・・・・・・・・あせ

     

     

    いつまでも妹に頼りぱなしではなく母と弟も出来ることはしてもらい

     

    助けが必要な時はもちろん私達がフォローするので

     

    まずはその予行練習というか、、、

     

     

    そんな感じで様子を伺っていた私と妹でしたふぅ〜んふぅ〜ん

     

     

     

    まっ、

     

    確かに最初は少し動揺して不安も感じていた様子の二人でしたが・・・

     

    そのうち妹が泊りに帰らない生活にも少し慣れてきたようにみえました!

     

     

    そんな風に様子伺いをしながら、、、

     

    2015年はなんとか過ぎていきました あ あ

     

     

     

    四葉のクローバー

     

     

    ◎2016年お正月 弟は少し薬をかため飲みしました!!!

     

     

     

    _| ̄|○  _| ̄|○  _| ̄|○

     

     

     

     

    つづく

     

     

     

     

     

     

     


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