統合失調症28 - 2018.09.02 Sunday -

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    くまある日の外郎だぁりんのお弁当です!この日は鮭弁当です↑

     

     

     

    結晶『統合失調症27』は、こちら

     

     

     

    kamuleつづきです!

     

     

     

    今回は、お題と少しブレますが猫&母のことを。。。

     

     

    ◎2018年3月4日 そらちゃんは天国に旅立ちましたまばたきにゃんキラほし

     

     

    そらちゃんは、2006年6月にペットショップよりやってきましたまばたきにゃん

    ちょうど父が末期癌で入院中のことです!!! あの人(母)確信犯ですふぅ〜ん

     

    父には「もう(今飼ってる猫が死んだら)猫は飼わない!」って約束してたのですが

    その父との約束は、舌の根も乾かないうちに簡単にそれも入院中破られました!!!_| ̄|○_| ̄|○

     

     

    お・恐るべし母、、、

     

     

    いや・・・薄々おかしいとは思っていたんですよねぇ〜ふぅ〜ん

    あれほどの猫好きさんがほんまにもう猫を飼わない???

     

    いやいや、(前に飼っていた猫が死んでから)どうして新たにゲージを買った???

    (※前の猫はゲージに入れずに倉庫でそのまま飼っていましたまばたきにゃんまばたきにゃん

     

    「猫がいなくなって寂しいけど、ゲージをみてたら癒される」ってどうゆうこと???

     

    ※前の猫は、実家が前の古い家の時から買ってた猫で新しい家では父が猫を飼って欲しく

    ないから倉庫で飼えって!だから母はその倉庫で猫を飼っていたのですが・・・、そこは

    もはや倉庫ではなく、猫ちゃんと毎日一緒にくつろぐお部屋仕様になっていました!!!

     

    ええ、ええ・・・全部母の希望でね。。。

     

     

    ◎倉庫の端のスペースに三畳ほどのフローリングの部屋がありクローゼットも!!!隣には

    ミニキッチン、トイレ、エアコン、テレビと古い冷蔵庫(前の家で使ってたもの)があり

    ・・・もうここは母の別宅状態です!ここに住めるやん!!!っていうか、、、

    この倉庫は45坪でうちの家(20坪)の倍以上の坪数やん!!!ひろっびっくりびっくり

     

     

    もちろん、元農家なので軽トラックや農機具等もいろいろと置いてはありましたが・・・

    車は2台入るスペースがあるので猫をそこで飼うには十分な広さがありましたねぇ〜

     

     

    そうそう、猫ちゃんの出入り口も作られていました電球

     

     

    ※前の家では猫ちゃんは自由に外へ出入りしていたのでイキナリ室内だけで飼うのは

    可哀想だからって。。。母が大工さんに特別に注文して創ってもらいましたあせ

     

     

    新しい実家が出来上がり、新居と倉庫も見に行くと私と妹はマジ驚きました!!!

     

    「ここ倉庫っていうよりもう家やん!?お父さん、ここまで快適に過ごせるよう

    したら・・・ お母さん、もう実家に帰ってきぃひんようにならへん???」

     

    と心配になり父に聞いたくらいです

     

     

    父は「お母さんがいろいろうるさいから〜・・・、でも絶対ここ(倉庫)には泊まったら

    アカンぞ!毎日母屋に帰って寝る!それが条件やってゆうたるから大丈夫や!」と。。。

     

     

    それにしても晩年の母強し・・・

     

     

    おどろくドゥラおどろくドゥラおどろくドゥラ

     

     

    母は23歳で(お見合いで)嫁いできたとき・・・

     

    父の弟二人とリュウマチで寝たり起きたりの義母と同居でした!!!

     

     

    祖父は父がまだ小学4年10歳の頃42歳の若さで亡くなっていました(実は父からは

    小6・12歳の頃と聞いていましたが今回少しお調べしてみたら・・・小4・10歳でした)

    その後は、父が長男ということでまだ幼かったけれど病気がちな母と弟二人の生活を

    支えるために一生懸命に働いてきました!自分はろくに中学にも行けなかったけれど

    (昔この話を聞いた時は ”えっ!?お父さん!小卒やん!!!” なんて言っていましたが・・・)

    弟二人にはちゃんと高校を卒業させた苦労人で、父は昔気質の厳しい人でした!!!

    (晩年父に聞くと・・・本当は自分も中学も高校にも通って勉強をしたかったそうです)

     

     

    **********

     

    うちはそれほど大した家ではないのですが・・・一応本家で、祖父の兄弟姉妹が8人と

    多くて・・・家系的に口が達者で、所謂・・・”口八丁手八丁”なのです!!!それにひきかえ

    ”口下手でおっとりしていた母”は嫁いできて勝手もわからず、唯一の頼りの父も味方を

    してくれず、かなり苦労しました!!!(母は晩年父にこの恨みつらみがすごかったです)

     

    私がまだ子供の頃でしたが、何かあると常に本家のうちに親戚たちが集まり朝早くから

    母が煮炊き物をしていてバタバタと忙しそうにしていて・・・弟や妹たちは遊んでまし

    たが、一番上の私だけは毎回母のお手伝いをさせられてて。。。

     

    そして徐々に親戚たちがやってくると賑やかになり・・・、母や嫁たちは台所でずっと

    バタバタと用意をしてて、男たちは飲んだり食べたり酔っぱらったりしてて・・・嫁たち

    はやっと落ち着いた頃みんなのいるところへは行かずにその台所で簡単に食べている様子

    をみながら ”なんか女は大変やなぁ〜” と子供ながらに思ってじぃ〜って見ていましたふぅ〜ん

     

     

    まっ、昔は田舎ではどこも似たり寄ったりこんな感じだったとは思いますけどね

     

     

    母は嫁ぐとき「ほんまは好きな人がいた」って。。。

    でも昔の田舎ではまだまだお見合い結婚が主流で「おばあちゃんに、おまえみたいな

    小姑がいたら○○(母の兄)に嫁の来てがなくなるから早よ嫁に行ってくれ!」って

    煩く言われてあまり好きでも無かったお父さんとお見合い結婚したそうです(母談)

     

    ◎余談ですが、私が25歳になると・・・

    父がやたら「お前はどうするつもりや!」と結婚を煩く言いだしたけど母は言いません

    でした!自分が祖母に煩く言われてお見合い結婚させられたから娘には同じように嫌な

    想いをさせたくなかったそうですが、流石に・・・30歳を越えてもまだ独身となると訳は

    違ったみたいでそこらへんからは結構母も煩くなりましたけどね撃沈あせ

     

    で、妹となるともう両親は私の時のようには言いませんでしたし、お見合い話も全然で

    (ちなみに、私は26・27・31歳の時にお見合いをさせられました)父永眠後はなんなら

    ずっと独身でもOKっぽい雰囲気の母です!口では結婚してほしいと言いつつ内心は・・・

    同じ家に育っても長女と末っ子、またその時の家の状況に応じてかなり変わるものです

     

     

    おっとぉ〜・・・!!!

     

    母の話に戻します!母はそんな感じ嫁いできてからずっと苦労してきてて・・・

    父に対しても不満が積もり積もってました!!!父も晩年「お父さん、お母さんに優しい

    言葉の一つもかけてやれへんかったしなぁ〜・・・でもあの時代は生きていくのに必死で

    そんな余裕なかったわ〜」と。10歳で父を亡くしてから、病気がちな母にかわり本家の長男

    として歯を食いしばって生きてきた父の口癖は『努力・根性・気合』でした!!!

     

     

    まばたきにゃん

    母の郷も農家で同じような家でしたが、やはり両親が揃ってるのと女で妹なのでそれほど

    切羽詰まって生きてきていないので結婚して父と温度差があったと思います。あと性格が

    父と母は正反対な感じでしたので・・・口八丁手八丁家計の父はおっとりはいいとしても

    手が遅くマイペースな母、それに比べてテキパキ仕事をこなす弟の嫁と比べだしたりした

    ので母はかなりの屈辱というか不満を溜めていきました!!!

     

     

    私が子供の頃。。。

     

    両親はよくケンカしていました

     

     

    母は口が立つ父にはどうしても負けてしまうので最後は茶碗を台所の流しのタイル壁に投げ

    つけていたので、その茶碗が割れる音に驚いて・・・その母の形相に弟や妹は怖がり泣いて

    いました!!!私が弟や妹たちに「あっち行こう」とつれていくのがいつものパターンです

     

     

    ”仲が悪い夫婦やなぁ〜”と子供心に思っていて、母は私たち子供にも平気で父の悪口を言って

    いました!!! 観的に見て父の方が正しいと思う時がありそれを母に言うと・・・私は母から

    ”生意気言うな”と折檻(暴力)を受けました!!!唖然撃沈困惑長男の嫁の立場等をリアルにみて

    ると自然と私は結婚にあまり夢を抱けなくなり徐々に結婚願望が少なくなりました。そして

    ”女も手に職をつけなアカン”と思うようになっていきました!でも、妹は早くに結婚し

    たいと結婚願望が強かったです!同じ両親のもとで育ったのに驚きです!!!

    結局、私は40歳で結婚して、現在47歳の妹は独身です・・・

    なんか不思議ですよね〜ふぅ〜ん

     

     

     

    私 は 父 の こ と も 母 の こ と も 好 き で す

     

     

    が、、、

     

    あえて言いますが、

     

    密かに父も母もちょっと偏りすぎですぅぅぅ

     

     

    一見解りにくいのですが内面が・・・あっ!二人共外面がいいのかな???

    そういう両親に育てられたので私達4人兄弟も少しそういうところありますね

    ということは抑え込んでるものがある日、家で爆発するんですよねぇ〜・・・

     

     

     

    おどろくドゥラおどろくドゥラおどろくドゥラ

     

     

    母は晩年何かのタガが外れたようです!!!

     

     

     

    ◎2001年春 実家が新しい家を建てた時、母は父に宣言しました!

     

    「もうこれからは、あんた(父)が晩御飯作って!もう今まで散々作ってきたから・・・

    家で隠居してるんやったら時間もあるやろうし(父は病気をしたのを機にまだ60才前でした

    早期リタイヤしていました。だから弟のことでも動いていました)家のこともやって!!!」

     

     

    それまでご飯すら炊いたことがなかった父です・・・

     

     

    「そしたら・・・お前(母)はもうご飯は全然作らへんのけ?ほんでお前は何するねん?」

     

    「そりゃ〜1〜2品は作るけど、あんたもご飯作ってもええんちゃうのん!?それから・・・

    私はパート(この頃は母パートに行っていました)もあるし、畑もあるし忙しいねん!!!」

     

    「・・・・・分かった。でも、水回りの掃除(トイレ・お風呂)はお前の仕事やぞ!!!」

     

     

    という母のイキナリの宣言で父はそれまで一切やったことがなかった炊事(ご飯作り)を

    するようになっていきました電球電球電球

     

     

     

    母強し。。。

     

     

     

    つづく

     

     


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